教授 星野 保 WEBサイト
【専門分野】 応用微生物学、微生物生態学
【担当科目】 機能性物質工学特論、特別研究、特別演習(大学院)
微生物工学、酵素工学、食品衛生学、食品工学、生命環境科学概論、生命環境科学導入デザイン、生命環境科学実験Ⅱ、生命環境プロセス実習Ⅱ、生命環境科学セミナー、卒業研究
【研究内容】
・積雪環境に適応した菌類の多様性とその生活史の解明
菌類を含む多くの変温生物は,低温下では休眠などにより活動を抑制することが多い.一方,雪腐(ゆきぐされ)病菌など一部の菌類は低温での増殖能や凍結耐性を獲得することにより,積雪環境に進出したと考えられる.植物病原菌など人の生活と関連をもつ菌類に関しては,比較的情報が多いが,落葉の分解などに寄与する腐生菌については,種多様性やその生活史など不明な点が多い.多様な積雪環境をもつ青森県を主なフィールドとして,積雪環境に適応する菌類のその多様性と,その生態の解明を目指す.また,菌類の生態研究を通じて得られた知見を,人々の暮らしに役立つという観点から再検討し、新たな産業のシーズを見出すことを目的とする.
融雪直後のフユガレガマノホタケ(Typhula incarnata)雪腐褐色小粒菌核病菌の菌核,大きさは直径,2mm程度.植物で言えば球根あるいはムカゴに相当し,これで苦手な夏を乗り切る.晩秋に菌核が発芽し,子実体(きのこ)を形成する.本学構内には,本種以外に,イシカリガマノホタケ(T. ishikariensis)雪腐黒色小粒菌核病菌(おそらくbiotype B)も分布している.
融雪直後のフユガレガマノホタケ(Typhula incarnata)の子実体.学名のincarnataはラテン語の受肉から派生した肉色,ここでは桃色の意味.2cmもないきのこですが,アップで見たら壮観でしょ.
・南部玉味噌・ポッチェイモ(凍み芋)の発酵に寄与する菌類の多様性とその利用
青森県東部や岩手県北部の伝統的な味噌(みそ)製造では,仕込み時に麹を添加せず,蒸煮した大豆をつぶし,これを団子状にまとめ冬季軒先に吊るし,野外からの麹菌などを捕集し発酵をおこなうとされる.この発酵には広義の麹菌以外に多様な菌類は寄与していると推定されるが,これに寄与する微生物に関する知見は多くない.
また,北海道では雪中にじゃがいもを貯蔵し,その過程の凍結・脱水による保存食,ポッチェイモが知られている.この製造に関わる微生物の作用は,人から見ると腐敗なのか発酵なのかほとんど判っていない.これら低温環境での食品製造に関与する微生物の種類とその寄与を明らかにし,積極的な産業利用を目指す.
・南極産微生物の産業利用
氷の大陸と呼ばれる南極大陸の約98%は氷床に覆われているが,わずか2%の地域はオアシスと呼ばれる夏季,地表があらわれる露岩域である.これら露岩域の湖沼は冬季に湖面全体が凍結するが,夏季は部分的に融解する.昭和基地周辺の湖沼では冬季の最大氷厚は1.7 m程度であり,これ以上の水深を有する湖沼であれば,湖底に年間を通じて未凍結な水層が存在する.これら湖沼の堆積物および湖岸土壌中の菌類の分離を行い,分離菌株の53.7%が担子菌酵母である特殊な菌相であることを明らかにした.
これら担子菌酵母が北海道など寒冷地での乳脂肪を含む排水処理に適した性質を有することを見いだし,国内で初めて南極産微生物を商品化した.今後も微生物の探索を続け,新たな産業シーズの発見を目指す.
左から順に,昭和基地周辺の露岩域の淡水湖沼,石が転がっているだけで生き物の気配をあまり感じない.しかし,湖底にはコケボウズと呼ばれるコケと藻類が広がる別世界がある.そして有機物あるところ,分解者である菌類もいる.優占種はMrakia属担子菌酵母,この酵母を活性汚泥に添加し,牛乳をモデル廃水に10℃にて廃水処理を行うと,酵母の添加により処理効率が約2割向上し,河川へ放出可能なレベルまで浄化することができる.
【主な研究成果】(いずれも前職である産業技術総合研究所在籍時のもの)
・積雪環境に適応した菌類の多様性とその生活史の解明
Hoshino T, Xiao N, Yajima Y, Kida K, Tokura K, Murakami R, Tojo M, Matsumoto N (2013) Ecological strategies of snow molds to tolerate freezing stress. In Plant and Microbe Adaptations to Cold in a Changing World: Proceedings of the Plant and Microbe Adaptation to Cold Conference, 2012 (Imai R, Yoshida M, Matsumoto N eds) Springer, New York, 285−292 (https://link.springer.com/chapter/10.1007/978-1-4614-8253-6_24).
星野保*, 肖楠, 村上諒 (2012) 寒さと生きる菌類,その凍結への適応. 生物科学 63 (4): 222−229.
にまとめて記した.
これらは,私の自称雪腐病菌三部作である
Murakami R, Yajima Y, Kida K, Tokura K, Tojo M, Hoshino T* (2015) Surviving freezing in plant tissues by oomycetous snow molds. Cryobiology 70 (2): 208−210 (https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0011224015000255).
卵菌の雪腐病菌は宿主である植物の凍結耐性を“乗っ取って”いる
Hoshino T*, Terami F, Tkachenko OB, Tojo M, Matsumoto N (2010) Mycelial growth of the snow mold fungus, Sclerotinia borealis improved at low water potentials: an adaption to frozen environment. Mycoscience 51 (2): 98−103 (https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S134035401070173X).
子嚢菌である雪腐大粒菌核病菌は,高浸透圧に適応し凍結を好む
Hoshino T*, Kiriaki M, Ohgiya S, Fujiwara M, Kondo H, Nishimiya Y, Yumoto I, Tsuda S (2003) Antifreeze proteins from snow mold fungi. Canadian Journal of Botany 81 (12): 1171−1181 (https://www.nrcresearchpress.com/doi/abs/10.1139/b03-116?journalCode=cjb1&#.XLQEnvZuLIV).
担子菌の雪腐病菌は,氷結晶結合タンパク質を細胞外に分泌し,凍りにくい環境を自ら形成しているかもしれない:を基本としている.
また,星野保 (2018-19) 菌は語る――ミクロの開拓者たちの生きざまと知性, web春秋 はるとあき (https://haruaki.shunjusha.co.jp/categories/111)
に雪腐病菌を中心とした低温環境に適応する菌類の研究を平易にまとめた.
・南極産微生物の産業利用
これまでの研究を
星野保*, 辻雅晴, 横田祐司, 工藤栄, 内海洋, 湯本勲 (2016) 南極産酵母の環境適応機構の解明とその産業利用. 生物工学94 (6): 329−331 (https://www.sbj.or.jp/wp-content/uploads/file/sbj/9406/9406_tokushu_5.pdf).
にまとめた.南極酵母の分離に関しては,
Tsuji M, Fujiu S, Xiao N, Hanada Y, Kudoh S, Kondo H, Tsuda S, Hoshino T* (2013) Cold adaptation of fungi obtained from soil and lake sediment in the Skarvsnes ice-free area, Antarctica. FEMS Microbiology Letters 346 (2):121−130 (https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/1574-6968.12217).
廃水処理に関しては
Tsuji M, Yokota Y, Shimohara K, Kudoh S, Hoshino T* (2013) An application of wastewater treatment under cold environments and stable lipase production of Antarctic basidiomycetous yeast Mrakia blollopis. PLOS ONE 8 (3): e59376 (https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0059376).
に記した.また,フィールド調査に関しては
星野保 (2015) 岩波科学ライブラリー245菌世界紀行―誰も知らないきのこを追って.岩波書店 (https://www.iwanami.co.jp/book/b265993.html)
をご一読頂きたい.